文芸奨励賞
部門: 短編小説
表題: 石鎚参り
受賞者: 土佐郡大川村 和田 和子
日暮れの小道を茂徳(しげとく)は谷川へ下りた。 河鹿の鳴いている淵の岸で着物を脱いだ。 淵の空を塞ぐように猿滑(さるすべり) (ヒメシャラ) の大樹の枝が伸びていた。 枝には明日散る花が夜空の星のように咲いていた。 水面には昨日咲いた白い小さな花がポタポタと落ち浮かんでいる。
茂徳は褌を外すと淵へ身を沈めた。 水無月とはいっても光の当たらない渓谷の水は冷たかった。 身を清め上がろうと岸の岩に手をかけたときだった。 その手が滑り顔まで水の中に沈んでしまった。 水面に顔をだし、 顔を拭おうとした手が、 ヌルッとして臭い。 手をかけたと思われる岩を見ると、 岩は少し動いているように見えた。 近寄ってよく見ると、 それは大きなサンショウウオだった。 水の精霊に会えるとは幸先がよい。 今回の石鎚参りは難儀が少ないかもしれないと茂徳は思った。 敗戦後八年が経ち、 穏やかな集落の日々がもどろうとしていた。
文月朔日は石鎚山の山開きの日だ。 何日も前から獣の肉などは食べず、 谷で沐浴をし、 身を清めて山へ登る準備をする。
茂徳は 釈善聖(しゃくぜんひじり)が歩いただろう三滝山から続く尾根の道へと這い上がった。 そこに僅かに清水が湧いていた。 茂徳は岩に口をつけて清水を飲んだ。
水は岩の間から滴り落ち、 少しずつ集まりながら流れを作りはじめる。 石のひとつ、 流れに詰まった落ち葉の向きひとつで流れを分かち、 東へ流れたり、 南の滝へ落ちたりして違う川となる。 そんな支流をいくつも集めて大河吉野川となっていく。
修験者が吉野川を遡り石鎚山へと続く山々を修験の場としていた。 土佐側からの尾根道は石鎚山信仰の裏道だ。 越裏門(えりもん)、 寺川の者は裏道を行くが、 少し下流の大薮集落の茂徳たちは伊予西条側から本道を登る。
茂徳は錫杖を道の脇に突き立て、 ホラ貝を吹いた。 三滝山から来る先達が答えて吹くホラ貝の音が遠くに聞こえた。 茂徳は一休みして連れを待つことにした。 そこに札 (エフ) を背負い、 錫杖を手にした同じ集落の朝治が這い上がってきた。
「遅うなってすまざったのう」
と言い、 息を切らせながら汗を拭った。
「いんげの、 いま来たところよ。 亀衆は先に新居浜へ下りちゅうろうけに」
「何を言いゆうぜ? 亀盛さんはもう来んで」
「おう、 そうじゃったのう。 朝やん、 そこの清水でも飲んで休みや」
ふたりは清水を飲んで一休みした。
「三滝山からの者は?」
「まだじゃが、 おいおい来るろうじゃないか。 そろそろ行きよろう」
「そうじゃのう」
茂徳が立ち上がりホラ貝を吹いた。 早く行く者も、 遅い者も行くところは同じなのだから、 ゆっくり行けば、 遅れた者は休まず急いで来るだろう。
「茂徳さん、 そのホラ貝は亀盛さんのかえ?」
「そうよ。 朝やんも亀衆の錫杖かえ?」
「そうよ、 だいじに使わしてもらいよる」
「亀衆は小まい男のくせに頼りになるやつじゃったのう」
茂徳が思い出したように言った。
「おう、 それにあのときは胆が冷えたぞ」
「朝やんがわしの足を踏んだときのことか?」
「なに言いゆう。 ありゃ、 茂徳さんがわしの足を蹴つったきによ」
「わしじゃないぞ。 ……そうじゃったか? 何年も前のことじゃったがすまざったのう」
緩やかな尾根道を楽しむかのように、 二人の会話は続いていた。
茂徳たちは伊予側へ下りて、 石鎚神社成就社近くの宿で一泊した。 そこで同じ集落の亀盛と合流する。 宿に米五合を預け、 宿の飯や弁当の握り飯を作ってもらう。
夜の明けぬうちから、 白装束を身にまとい先達に続いて弥山山頂の頂上社を目指す。
権現を背負い上げて十日までは石鎚山の山頂に祀る。 「ナムマイダボ、 ナムマイダボ」 と掛け声をかけて峰の間を登る。 その後は無言のまま登っていく。 汗に濡れた衣は体温で乾き、 また汗に濡れを繰り返しながら一の鎖、 二の鎖、 三の鎖と権現を背負い上げる。
山頂につくと、 権現に触ろうとする者が権現を抱えている先達を中心に、 集まってもみ合いになる。
「おんしの足が、 わしの足の上に乗っちゅう」
朝治は権現に触ろうと、 前にいる者の白装束に手を掛け、 押しのけながら手をのばしていた。
「蹴つるな」
朝治は振り返り茂徳を見た。
「朝やんこそ蹴つっつろうが?」
「わしゃ、 蹴つりゃあせんぞ」
「誰ぞ? 蹴つりゆうのは」
「誰でもええわや、 権現さんがむこうへ行くが……」
先達の抱えた黒光りする権現が東の方の集団へとささげられたとき、 土佐の衆の小競り合いの声に、
「おう……、 止めえ……」
先達の一人である亀盛が大声で叫んだ。 するとざわついていた動きがピタリと止まった。
札を背負いホラ貝と錫杖を手に仁王立ちする亀盛の背後から、 朝日が昇りはじめた。
「亀盛さんに……、 後光がさしゆう……」
小競り合いをしていた朝治が亀盛を指さした。
「朝やん、 こっちも見てみや」
朝治は茂徳に促されて、 指を差す方向へ目をやった。 亀盛の影が皆の頭上を渡り雲海を越えて1982mの天狗岳の山頂に、 スックと立っているように見えた
茂徳たちは昭和十五、 六年ごろの山開きのときを思い出し、 我が欲の多さを反省した。
「あの時の亀衆の、 止めぇの一声で土佐のもんも伊予の衆も、 ピタッと静まったのには、 わしゃおじたぜよ。 小まい男のくせにねや」
朝治はそうそうというふうに頷いて、
「ところで茂徳さんは何を願って参りゆう?」
と尋ねた。
「そうじゃねや……」
茂徳は首をかしげながら考えていた。
「わしは、 嫁が工面して持たしてくれた米をありがたいと思うちゅう。 それを……、 皆が腹いっぱい食える世が来ますようにじゃ」
「朝やん、 ええこと言うのう、 ほんとに。 わしゃ、 実のところ何ちゃあ考えやせん。 無心じゃ。 わしゃ年寄じゃけに、 今年は来れたが、 来年も来れるろうかみたいな、 ただそれだけよ」
茂徳はひとり息子と畑や山仕事を一緒にするのが夢というか、 他には何も望むことはなかった。
昔のように尾根道を何日もかけて行かず、 三ツ森峠を越えて、 新居浜から西条へ汽車に乗って、 そこから成就社へ向かった。 成就社近くの宿で泊まり、 宿屋に五合の米を渡して、 晩飯を戴き、 大広間に敷かれた長い敷布団の上に寝転がる。 同じようにして何人もが一枚の敷布団を使う。 掛布団も同じように横に長い。 皆が同じようにしていると、 それが当たり前のように思えてくる。 未明には誰とはなしに起きだして、 各々白装束に身を包み成就社の境内に集結する。
権現を石鎚山弥山頂上社へと背負いあげる先達衆の後を集まった信者が続いて登る。
茂徳は石鎚山に登るたびに出征した息子の無事を祈り、 どこかで生き延び還って来ることを願った。
「ナンマイダボ、 ナンマイダボ」
暗闇に皆の声が重なり合い、 梅雨の湿度が高い空間に松明の明かりが滲んで見えた。 皆の白装束の列が、 山へと這い上がる得体の知れない一匹の生き物に見えた。 茂徳たちもその後に続く。
何度石鎚山へ登ったことだろう。 やはり山頂からの眺めは素晴らしい。
「茂徳さんよ、 この春、 最後の引き上げ船が舞鶴に着いたがで、 亀盛さんの娘が還ってきたの知っちゅうか?」
「ああ、 亀美子か」
「従軍看護婦じゃった。 家の者はもう死んじゅうろう言いよったがじゃと」
朝治は握り飯を食べながら朝日を受けて煌めく瀬戸の海を眺めていた。 茂徳も背負っていた包みを降ろし握り飯を出した。
「茂徳さん……わし、 石鎚山もだいぶ登ってきたき、 札も大きいのになったけ、 神様に近うなりゆう」
朝治は握り飯を口いっぱいに詰め込みながら、 茂徳を見てニヤッと笑った。
「朝やん、 気持ち悪いが、 へんな笑いして」
茂徳も握り飯を口に入れた。
「茂徳さんが毎年何を祈りよったか、 わし、 わかったのよ。 無心じゃ、 無心じゃ言いよったけんど、 一つばあ欲な祈りがあってもえいがじゃないか」
「朝やん、 おんし、 ほんとに神様になったがじゃないか?」
その時、 これまでと一転して大きな雨粒が頭に、 白装束に、 朝治の握り飯へと落ちはじめた。 皆は頂上社の狭い軒下に逃げ込みはじめたが、 茂徳たちは動く仕草もみせず、 濡れながら握り飯を食べ続けていた。
「朝やん、 わしも年を取ったし、 今回でお山へ登るのは終いにしょうと思いよる」
朝治は茂徳の言葉が聞こえていないのか、 無心に握り飯を頬張っていた。 それが急に喉をつまらせ胸を叩きながら、
「海へ流れた吉野川の水も、 雨粒になって還って来るがじゃけ、 まだ得心したらいかん」
と雨に濡れた茂徳の顔を覗き込み、 米粒いっぱいの口で笑った。