文芸賞 受賞作品

文芸賞

部門: 詩

表題: cancer

受賞者: 高知市 田村 七里

生かさぬように殺さぬように
人間をしゃぶりつくすのが
腕のいいcancerというものだ
悪代官のように百姓の
顎を撥ねてしまっては元も子もない
努力の年月が無駄というものだ
中には性悪な奴もいて
あらゆるところに流れついて
人間を破壊しはじめる
若気の至りというところだ
勇み足はcancer道にも悖(もと)る
というのがおれたちの一致した見解だ
人を生かし自分も生きるのが
上達したcancerのあかし
甘ったるい喜びの日々も
悲しみの底なし沼も
いっしょに味わうのが
おれたちの慣わしだ
はねあがり者がいて
数ヶ月で命を奪ってしまう
抗癌剤やら放射線やら
敵さんもやたらとぶちこんでくる
挙句に正常な細胞まで虫の息で
見ていてぞっとする光景だ
おれの宿主のばあさんは九十三で
いたって元気
おれはひっそり生きてきた
欲ばらずに気づかれずに
ばあさんが目を閉じたとき
冷たい風がさあーとおれの上を流れ
そのときおれはおれの終りをしる
ばあさんが死んで数時間
闇の中で潮騒のように物音が
遠のいてゆくのをきいている
そして最後に
無音の闇が残されるばかりだ