文芸奨励賞
部門: 詩
表題: 種芋
受賞者: 室戸市 島村 三津夫
母は土蔵の隠居に籠ったきり、出て来なく
なった。口をもぐもぐ言わせては、意味のよ
く分からないことを言っている。
梅雨の間の晴れた日に、わたしは納屋の掃
除に取りかかった。数年間放っておかれた納
屋の中は、鼠の糞と蜂の巣と鼠を追いかけた
大きな蛇の抜け殻が散乱していた。納屋の床
下は芋壺になっていて、乾燥して萎れた薩摩
芋が詰まっていた。わたしはそれらのものを
裏の畠に捨てた。
すると 母が何処からとも現れて「なにし
ゆう。来年の春には芋を植えるに蓄えちゃう
に」と言って、両の手一杯に芋を拾って、納
屋の床下へと入り込んでしまった。
「もう百姓もようせんやろ。ほやきん、種
芋を捨てたがあよ」と言うと
「日照りが来て稲が実らんかったらどうやっ
て食うていくがあぞね。あてが種芋蓄えちゅ
うに。どうせ、あても種芋と一緒に捨てるが
あやろ」いくら説得しても母は芋壺から出よ
うとしない。
いつしか外は土砂降りの雨になった。その
雨音を聞きつけたのか、母は抱えていた種芋
を持って、畠に出ては手で穴を掘り、干から
びた芋を一つづつ丁寧に植えていく。
わたしは母と一緒に芋を植えた。ずぶ濡れ
になりながら植え終わると、母は「これで一
年が越せる。孫にややこが生まれても餓えは
すまいぞ」と言って笑った。
雨に打たれて、冷えて汚れた母の体を洗う
べく風呂場に連れていき服を脱がせる。さっ
き植えた種芋のように細り萎れた母の白い体
を湯船に浸けて、わたしは藁の束でごしごし
と皺の体を洗うのだった。