文芸賞
部門: 詩
表題: どこへ行くのか
受賞者: 高知市 都築悦子
寝息が聞こえる
眼窩も口腔も洞窟になり
暗い闇を宿している
目覚めた老女
「ここはどこぞね」
「家じゃろう。 えっ。 ちがう」
「どうやってここへ来た」
「私はこれからどこへ行くのかねぇ」
午前一時の病舎 夜明けはまだ先
「人はどこから来て
どこへ行こうとしているのか」
答えが見つからず私もさまよっている
ベッドのまわり数メートルの野
浴衣にタオルに残しておいた菓子
帰り支度の包みを作る
なだめられ納得させられて
ほどく風呂敷包み
あきらめきれず再び包み直す
収穫物のない畑で
空の籠を背負うような
手ごたえのない日課が続く
ふらふらと歩いてゆく老女
そんな老女を見かけたら
しばらく畑を眺めさせて欲しい
草を抜き土を肥やした畑では
今頃大根が太っているはず
ホーレン草も葉を広げている頃
現代のデンデラ野※めざして
ヨチヨチ歩いてゆく老女
老女は私の母
※柳田国男 『遠野物語』 より