文芸奨励賞
部門: 詩
表題: 死 に 水
受賞者: 高知市 千里日月
自分の口を指差し
水を欲しそうにする
父の恨めしそうな視線
私は首を横に振る
絶飲絶食
医師の仮面をつけた私は
そう指示を出し
父の希望を撥ね付けた
数日前
熱を出した父は 点滴を拒んだ
結局 脱水となった父に否応なく針を刺す
もっと強く説得するべきだった…
治療は後手に回り
血液中の毒素が増え 父は口の乾きを訴える
飲み込む力が落ち
水を与えると 気管に入ってしばらくむせる
欲しがる水を禁止するのは忍びないが
職業人としての己が それを断行した
しかし 治療は効なく 命の終りが切迫する
死に水
その言葉が 消えては浮かぶ
父の最期の願いを叶えたい
その思いが 窒息死の恐れを押しのけた
割り箸の先にガーゼをくくりつける
コップの水をしみ込ませ
乾いた唇に持って行く
チュー チュー
音をたて 父はそれを吸った
乳をねだる赤児の眼差しを私に向け
幾度か水をつけ直したガーゼを吸い
父は瞼を閉じた
血圧が次第に下がり
心電計の波形は平らになった
私は 私の務めとして
父の魂に臨終を告げた